この時期のモータースポーツシーンは忙しい、、、
F1はモナコGPを含むヨーロッパラウンド3連戦、
そしてアメリカ大陸ではインディ500、
もうすぐフランスではルマン24時間、
F1ではツノダ選手の戦績が芳しくなく、
先日のスペインはカタロニアサーキットも、
どうしても期待してしまう我々としては、
残念というかなんというか?うまく表現できませんが、、、

 

私がF1を初めてテレビで観たのは1987年の日本GP、
序盤で紅白のプロスト車がリヤタイヤバーストで、
130R手前をよたよたと走るシーンを覚えています。
次は飛んで88年のベルギーGP、
寝過ごして確か後半しか見れずだったと思いますが、
フェラーリのアルボレートがマシン後方からオイルを噴きながら、
ストップするまで走行を続けたシーンを覚えています。
マシンの信頼性の低さに対する怒りを、
マラネロへぶつけるための行為であったのを、
大人になってから知ったような?
次の第12戦イタリアは寝過ごして見れず、、、
あの有名な残り2周での1コーナーの惨事を、
第13戦ポルトガルGPのオープニングで知る事になります。
この頃の中さんも流れがうまくいかず、
インタビューでもエンジンはいいんだけど(ホンダ)
マシンとドライバーがね、、、
と苦笑しながら二度言うシーンが物語っている、、、
そのポルトガルはスタート後の混乱に巻き込まれて赤旗、
Tカー選択できず、リヤウィングを交換して再スタートするも、
マシンバランスの不調で序盤でスピンしてリタイア、、、

 

でも冷静に考えてみれば、
いくらロータスに乗っていたとはいえ、
ピケ、マンセル、プロスト、セナのトップ4に加えて、
ベルガー、アルボレート、パトレーゼ、ブーツェン、ナニー二、
カペリにパーマー、ワーウィックにチーバーなどなど、
当時の入賞圏内であったトップ6に入ること自体、
非常に難しかったのではないかと判断できます。
マシントラブルなど今より完走率が低かった事を差し引いても、
上位陣の脱落あってのポジションだった?と。
だからツノダ選手の10位前後というのも、
この熾烈な競争の中では、妥当な線ではないかと思ったり?
中さんは不名誉な予選落ちも経験しているわけですから、
それに比べれば?ザクスピードの亜久里さんなんて辛すぎます、、、

先日はB44Aのルークス、
メーター内に自動ブレーキ系統の警告灯点灯、
一過性なら診断機で消去できるかな?と、
接続するも、C1A12のレーザーレーダー軸ずれ、
が現在コードとして残る。
車両は新車で購入されているし、まだ5年以内、
走行距離もまだ5000キロ未満、、、
仮に光軸調整したとしても、
最悪レーダー交換になったりする可能性もある。
保証書もあるし、購入先のディーラーへ入庫するよう指南、
経過報告くれるとありがたいんだけどなぁ?